先日「見える化」セミナー講師としてお伺いした某社(長野県、精密機械製造業、従業員数320名)でのことです。社長以下、役員、部課長、主任まで全48名が一堂に会し、同セミナーは始まりました。最前列の正面にオーナー社長以下役員さんが勢ぞろいし、クライアントの気迫を感じます。私も全力で講義し、最後の質疑応答となりました。するといままでじっと話を聞いていた社長さんが手を上げ、こう言いました。
「今日は結構なお話しをしていただき、ありがとうございました」
「実は先代の社長である父の方針で、私はこの会社の全部署を経験した後、12年前に社長に就任しました」
「30代に経験した生産管理では、当社の主力製品である○△□の生産性向上に取り組んだのですが、2年がかりで15%向上させるのがやっとだった記憶があります」
「ところが本日先生のお話を伺うと、組織マネジメントシステムなるものを自社構築すると間接業務の生産性は300%向上するとのことですね」
「製品の生産性向上に携わった私には、率直に申してどうしても300%も向上するとは思えないのです。疑うようで失礼ですが、300%向上する根拠をお示しいただきたい」
社長さんは口調こそ丁寧ですが、私を見据える眼光は鋭く、私を疑っていることは間違いありません。私の話しを6時間近く聞かされ、洗脳されかかっていた部課長さんたちも、社長のこの一言で我に返った様子です。おそらく生産管理部の職制の方でしょう、大きくうなずき 「さすがは社長!! よくぞ言ってくれた!!」 とここぞとばかりにアピールしているお方もいます。『見える化セミナー』は、このまま『角川コンサルの公開処刑』となってしまうのでしょうか?
実はこの質問は予期していたものでした。私だって生産性が300%も向上するなんて、いくらなんでも信じてもらえないだろうと感じていたからです。そこで私の知っている事例4件について改めて数値データで再検証した後に、この社内セミナーに臨みました。
まず1例目は2009年の日本IE協会の年次大会で聞いた、味の素㈱九州事業所さんの事例です。3年後の事業所閉鎖が本社で決定済みだったものを、間接部門の生産性向上等により黒字化し、決定を撤回させたというすごい事例です。
同事業所はまず最初に現在の売り上げで黒字にするには、管理部門を何人にしたらいいのかを計算しました。その人数は6名でした。現状は20人なので、実に生産性を330%向上させる必要があります。しかし彼らに選択肢はありませんでした。「閉める苦労をするなら、存続のためどんな苦労でもできる」を合言葉に、彼らの業務改革はスタートしました。
退路を断った人間とは強いもので、彼らはなんと2年10ヵ月で管理部門の生産性を
300%向上させました。また全社では従来232名でやっていた業務を100名で回せるようにし、余剰人員のリストラはせず、従来手薄だった新製品開発や業務改革・改善に回しました。このプロジェクト成功を受けて、本社は事業所閉鎖を撤回しました!!
私はこの事例報告を聞き身震いするほど感動し、同プロジェクトを成功に導いたメソッドをどうしても手に入れたくて、1,200人いる会場で質問し同社を絶賛しました。その後、発表者W氏と名刺交換し、『業務目的体系表』を入手することに成功しました。W氏曰く、「間接業務は①業務量平準化 ②過剰品質防止 ③ムダ取りの徹底 の3点で、生産性はいくらでもコントロールできますよ」とのことでした。
あとの3事例は私が手掛けたものです。1事例は私が前職でやったもの、残りの2事例は現在コンサルとして指導中のものです(1年目と2年目)。ここではプロジェクトが完遂した私の前職の事例をご紹介します。
【生産性500%向上事例のプロセス】
①AIOS標準ver.で部署の業務量を数値で「見える化」し、人員数を4人を適正人員数の2.5人に削減する(160%向上)。
②他部署に異動した1名の業務(製品含有化学物質調査回答業務)を私が引き継いだところ前任者が適当にやっていたことが判明。キチンとやったところ部署人員が5名にリバウンドする。
③当該業務の関連部署を一堂に会し、業務改革案をプレゼンし実行する。その結果5人→1.7人となる(300%向上)。
④上記①~③の結果、自部署の生産性は500%向上した(当然他部署の生産性も大きく向上したがはずだが、数値データがないので未計上)。
この事例は、上記③の業務改革が大成功したことによるところ大です。現在私が手掛けている事例やセミナー受講者の事例報告および他の先生の指導事例等を見ると、大概下記プロセスをたどるようです。
【業務生産性の向上プロセス】
①AIOS標準ver,作成により、担当者間の業務量のバラツキが数値データで「見える化」される (通例、仕事のできる上位20%の人に業務が集中、60%の人は適量、下位20%の人は扶養家族化している。また、間接員の平均稼働率は60%程度であることが多い (『椅子とパソコンをなくせば会社は伸びる!(酒巻久著)』の3章 をご参照ください))。
②担当者間の業務量平準化を実施するだけで、生産性は140%程度向上する。
③さらに月間および部署間の業務量平準化を行えば、生産性は170%向上する(その根拠は上記①の3行目に記載)。
④さらに部署毎に業務目的体系表(本来あるべき姿)を作成し、AIOS標準ver,(現状の姿)との比較対照によるムダ取りを実施で、生産性は300%程度向上する。
⑤さらに低生産性業務の業務改革・改善を実施で、生産性は400%以上向上する。
上記①~⑤のプロセスを経れば、業務生産性は実に400%以上向上します。製品の生産性向上に取り組んでいる方が見ると胡散臭く感じると思い、添付『組織マネジメントシステムの説明』の3ページ目の表では286%に下方修正しました。こんな驚異的な成果が出るのも、現場と違い事務所には業務の生産性・品質共に管理するシステムもなければ部署もないためです。
一つ付け加えると、さすがに品質はある程度管理されてはいるのですが、生産性度外視の過剰品質に陥っているケースがよく見受けられます。さらに言うと「間接業務の過剰品質=ムダ=経営への犯罪行為」という認識も乏しいのが現状です。過剰品質を防ぐには「やった方がいい」と思えることを止め「これだけは絶対に必要」なものだけにすることです。
かの松下電器が二代目社長に変わり経営不振に陥り、松下幸之助翁が社長に復帰してまず行ったのは、1ヵ月間の会議禁止でした。その後、会社経営上どうしても必要な会議は担当者が松下翁にプレゼンし、了承を得られたもののみ復活させました。これで同社は危機を脱した、という事例もあります。
日本人の国民性の欠点の一つに、過剰品質に対する感度の低さが挙げられます。一時問題になったデパートでの過剰包装や、主婦が使いこなせないほど機能満載の家電品にその欠点が散見されます。日本人に足りないものは、「こだわり(=過剰品質)」の対義語である「割り切り(=品質の上限規制)」ではないでしょうか?
この説明で前述の社長さんは「う~む」と唸っていましたが、読者のみなさんも業務生産性が300%向上する仕組みについてご理解いただけましでしょうか?
あなたも「業務生産性が300%向上」するはずがないとお考えですか?